詩 山田亮太(TOLTA)

Poetry Ryouta Yamada(TOLTA)

アトムログ1



このくにのみんなのはいといいえをあつめてきめる
ゆめのエネルギー
あたまのよいこにそだってだれかをたすけられるように
おとうさんとおかあさんがくれたぼくの
うまれるまえからもっていたぬいぐるみを
おもいでのばしょにおく
東池袋中央公園ではありません
やさいはありますか
やさいはありません
てつぼうにぶらさがって
できるだけとおくへとべるように
からだをゆすった
じめんにはレモンのかたちのせんができる
でんわボックスのなかにすわりこんで
なにをはなしているのですか
ぼくのなかをひとがあるくと
ぐらぐらとぼくのからだはゆれる
ひかろうとしてつめたいくうきをおくりだそうとして
ぼくのからだはうなる
巣鴨プリズンではありません
てのなかのちいさなテレビをのぞいていた
みせのおくにあるちいさなテレビをみていた
にんげんのちからでじゆうにできない
しりたかったニュースが12じはんにきえる
あさの10じまでずっとテレビをみていた
なにをどんなふうにかくしているのですか
だれがどうしてわるいのかをはっきりさせ
みんなにわかるようにいわなければいけない
これは
東京裁判ではありません
せんそうだったからみんながたたかうならぼくもたたかう
40ねんまえのスプートニク
うちゅうひこうしになりたかった
そのかわりに
うみとうちゅうのなかをうごくエレベーターにのって
このまちのいちばんたかいところまでいく
おおきなおおきなちからをてにいれる
まだゆめのエネルギー
ひとりずつてをあげて
かえりのかいでわるいひとをきめた
せんそうのルールをやぶったひとたちを
てっぽうやくびをしめてころした
どうか
なまえをかくためのかみをください
テーブルのうえのたべものとのみもの
いすにすわってはなすひと
じっとまっているひと
みみをすます
でもゆめのエネルギー
きとそらとやまだけがみえるしかくく
きりとられたけしきのまんなかに
いしがたっているそのいしの
まえで
てをあわせますか
てを
あわせませんか
はいでもなくいいえでもない
ここにいるみんなのこえをあつめてきめる
ここは
東池袋公園です
やくそくをやぶったから
あしたはここにいられない
なにもかもわからなくなっても
じぶんのなまえがすきなことだけはわかる
いつかぼくも
いかりくるう
ゆめのエネルギー
ちいさなちいさなゆめをのせて
ここにいるみんなのゆめとひきかえに
いくつものあたまがいれかわる
ふたつのめできみをみていた
サンシャイン60
だれよりもたかいところにある120このめだまで
このまちのどこまでがみえる
さようなら
ぼくはもうここにはいられない
東京都庁へいきます
東京タワーへいきます
東京国際フォーラムへいきます
東京ドームへいきます
六本木ヒルズへいきます
両国へいきます
夢の島へいきます
秋葉原へいきます
横浜スタジアムへいきます
郡山へいきます
いわきへいきます
福島へいきます
会津若松へいきます
そしてまた
ぼくはここにもどってくるよ

短歌 斉藤齋藤

Tanka Saitou Saitou

  「国土変遷アーカイブ」(1)で「東池袋三丁目」を
  検索すると、さまざまな西暦の空中写真を見ること
  ができる。それは、先が6本あるフォークの形をし
  ている。ほどよく拡大したそれにトレーシングペー
  パーを載せ、ボールペンの青でなぞったそれをゼン
  リン住宅地図「豊島区」に重ねる。すると私の今こ
  こ、サンシャイン60一階シアトルズベストコーヒ
  ーの、カウンターに向かって一番右手前の一人掛け
  ソファーは、6本あるフォークの先のいちばん左、
  すなわち、巣鴨プリズン主監房一号棟の入口に重な
  る。A級戦犯・東條英機はこの上の2階、GAP
  KIDSに収容され、死刑判決確定後は五号棟3階
  独房、ナムコナンジャタウンにて、その日を待つこ
  ととなる。

入場料300円の領収書を石原慎太郎様宛でもらう

  ここ3階、ナンダーバードは軍隊の町ですので、
  あいさつは敬礼でお願いいたします。
  さあごいっしょに元気よく。
  気をつけ、全員、敬礼! (2)

38になる私だが敬礼をするほめられる悪い気はしない

   死刑囚の独房は三畳敷、歩ける場所はたった二畳に
  しかすぎない。のこりの一畳ぶんは、ドアと真向かい
  にある机がわりとなるフタつきの洗面台と腰かけの代
  用の洋式便器、それにちいさなつり棚。(略)
   運動も中庭で散歩ができる雑居房の住人にくらべ、
  死刑囚は、たいがいは週にきめられた時間、昼も暗い
  三階の廊下を、ジェイラーに見はられながら、往った
  り来たりするだけである。(3)

1950年代のアメリカを往ったり来たりするだけのわたし(4)

  井上乙彦、52歳(名前の由来:不明)。
  昭和25年4月5日、夜。
「『笑って行く』と署名してある壁文字を遺書おく棚のわきに見出しぬ」(5)

  死者の声に耳を澄ませることは、
  死者の生前の声に耳を澄ませることと、同じだろうか?
遺書はこうなんかものすごい生きちゃってて死とは別物のような気がする

  しかし私には、絶望的に霊感がない。
  死ぬことが決まっていた人が、
  くりかえし、くりかえし歩いた空間を、
  くりかえし、くりかえし、漂うことしかできない。

中学生の東條英機に聞いてみる総理になったら何をしますか

死ぬときにもういちど声変わりしてあなたの声が聞き取りにくい

  ひどく疲れて、お金がない。
  ハンバーガー単品と、マックシェイクのストロベリーS。

放課後のマクドナルドの丸椅子をスカートで包みパンツで座る

  サンシャインシティにへばりついてく
  首都高速5号線を見上げて歩く。
  いつか誰かが通り過ぎたここを、
  今のわたしが通り過ぎてく

この道をわたしが通り過ぎるのをカメラを持って待っている人

  東池袋中央公園、
  「永久平和を願って」。

こころの眼で彫られた文字を塗りつぶしひとつの岩に頭を垂れる

  広島平和記念公園、
  「安らかに眠って下さい
   過ちは
   繰返しませぬから」。

フクシマが鎮もればそこには岩が置かれるだろう 何と彫りますか?



(1) http://archive.gsi.go.jp/airphoto/
(2) アトラクション「ボムレンジャー」開始時における、お兄さんの口頭説明。 客が一人の場合も、「全員」と言う。
(3) 小林弘忠『巣鴨プリズン』。
(4) http://www.namja.jp/about/story/story06.html
(5) 巣鴨遺書編纂会 『世紀の遺書』。
   重松一義編『巣鴨プリズンの遺構に問う』より再引用。


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